親族の集まりなどでほとんど会わない遠い親戚と久々に会った時の沈黙があります。また、初めての人と会話が途切れた後、沈黙が続く状況もあります。そして、初めて会った人を案内したりする際、エレベーターの中などで会話が途切れた瞬間の沈黙があります。
このような突然にきた沈黙に焦りや不安を感じたことがあります。また、そのような時には、「何か話さなければ」というプレッシャーを感じます。なぜか、沈黙をネガティブなものとして受け止められています。そして、無理にでも会話で埋めようとしてしまいます。また、沈黙が気まずく感じる理由は、個人の性格だけでないようです。そして、私たちが社会的に学習してきた「コミュニケーションのルール」に深く関わっているようです。ここでは、この点に注目しました。
このブログでは、沈黙の正体、沈黙の持つネガティブな意味への連想、その対処法などについて調べましたので、以下に説明します。
「会話のルール違反」への不安:沈黙の正体
沈黙を気まずく感じる最大の原因は、社会的規範(暗黙のルール)を共有しているからです。それは、無意識の「会話には間断なく言葉が続くべきだ」という暗黙のルールの共有です。
- ターン・テイキング(話す番の交代)の原則:
- 会話は、話す人(話し手)と聞く人(聞き手)が交互に役割を交代しながら進みます。そして、会話はこのようなリズミカルな協調作業です。
- そして、沈黙は、この交代のルールが一時停止した状態です。つまり、どちらの番なのか、会話を続けて良いのかがわからなくなる状態です。
- 責任の所在への不安:
- 会話が途切れると、沈黙の責任が自分にあると感じてしまいます。例えば、「自分が話を盛り上げられなかったせいだ」「何か相手を不快にさせることを言ったかもしれない」などです。
- 特に、日本社会では「空気を読む」ことが重視されます。そのため、沈黙は「空気を悪くした」という罪悪感につながりやすいようです。
- 注:空気を読むについては、以前のブログ「「空気を読む」って何?読まないとどうなる?」で取り上げています。興味のある方は参照してください。
沈黙が持つ「ネガティブな意味」の連想
私たちは沈黙に遭遇すると、過去の経験からネガティブな意味を連想しがちになります。
- 拒否・敵意のサイン: 相手が沈黙していると、不安を感じやすくなります。例えば、「話したくない」「拒否されている」「怒っているのではないか」などです。
- 評価への恐怖(自己意識過剰):
- 沈黙の間、自分自身への意識が過剰に集中してしまいます。それは、「相手は自分をどう思っているのだろう」「今の自分は変に映っていないか」などです。
- この評価への恐怖が、焦りや不安を生み出し、沈黙の時間を耐え難いものにします。
- 関係性の未熟さの表れ: 親密な関係では、沈黙は「心地よい間」になります。逆に、沈黙が気まずいと感じるのは、「まだ心の距離が縮まっていない」「相手と打ち解けていない」という関係性の未熟さの指標として無意識に捉えてしまうためです。
「沈黙」を「間」に変える対処法
沈黙をネガティブなものと捉えないようにします。そして、「有意義な時間」に変える具体的な方法を提案します。
- 沈黙の「目的」を理解する:
- 相手は「考えている最中」かもしれないと考えます。それは、まじめな人は答えを慎重に選んでいるなどです。
- 相手は「自分の話を聞きたがっているサイン」かもしれないと捉えます。じっと待つことで本音を引き出せるなどと考えていると捉えます。
- 「間」を恐れず、相手に主導権を渡す:
- 無理に埋めようとせず、相手の次の行動を待つ姿勢を見せるようにします。
- 沈黙は会話における「余白」であると考えます。そして、お互いの思考を整理するために必要な時間だと捉え直します。
- 非言語コミュニケーションを活用する:
- 沈黙中に、不安そうにはしないようにします。例えば、穏やかな表情や頷きを見せます。そして、「あなたの話を待っていますよ」というポジティブなメッセージを伝えます。
まとめ
ここまでこのブログでは、沈黙の正体、沈黙の持つネガティブな意味への連想、その対処法などについて説明しました。まず、沈黙を気まずく感じる正体として、無意識の「会話には間断なく言葉が続くべきだ」という暗黙のルールの共有ということを説明しました。また、沈黙が持つ「ネガティブな意味」の連想として、拒否・敵意のサイン、評価への恐怖が要因になっていました。そして、関係性の未熟さの表れでもありました。また、「沈黙」を「間」に変える対処法として、沈黙の「目的」を理解する、「間」を恐れず、相手に主導権を渡す、非言語コミュニケーションを活用するなどについて説明しました。
また、沈黙が気まずいのは、「会話は途切れてはいけない」という社会的ルールと「相手にどう思われているか」という評価への恐怖から生じるものでした。そして、沈黙をネガティブなものと決めつけず、「思考のための時間」「関係性を深めるための待ち時間」と前向きに捉え直すということでした。私が沈黙にあった場合には、気まずく、どうしたものかと考えていてある対策を立てました。それは、ほとんどの場面で無難な天気の話をするようにしていました。無意識の裏にこのようないろいろなことがあることは知りませんでした。


コメント