「人と話したあと、どっと疲れてしまう」ことがあります。また、「相手の表情や声のトーンが気になって仕方ない」こともあります。そして、断れずに頼まれごとを抱え込み、気づけば自分がヘトヘトになっている このようなこともあります。そして、気を遣いすぎる自分に悩んだことがあります。また、このような人が少なからずいるようです。そして、気遣いは本来、優しさや思いやりの表れです。しかし、それが“過剰”になると、心も体も消耗してしまいます。なぜ、気を遣いすぎる人はこんなにも疲れてしまうのでしょうか。ここでは、相手に合わせすぎてしまう心理の背景について調べました。そして、気遣い疲れが少しでも軽くなればと考えています。
このブログでは、気を遣いすぎる人が疲れてしまう心理、気遣い疲れを軽くするヒントについて調べましたので以下に説明します。
気を遣いすぎる人が疲れてしまう心理
優しさなのに、なぜ疲れるのか
- 「相手に嫌われたくない」
- 「迷惑をかけたくない」
- 「場の空気を壊したくない」
以上のような思いから、つい気を遣いすぎてしまう人は少なくありません。また、気遣いは優しさの証ですが、過剰になると心がすり減ってしまいます。そして、なぜ、気を遣いすぎる人はこんなにも疲れてしまうのかについて以下に説明します。
相手の感情を先読みしすぎる
気を遣いすぎる人は、相手の感情を“必要以上に”読み取ろうとします。そして、“嫌われたくない”が根底にあったり、相手がどう思うかを過剰に想像したりします。そして、その結果、常に緊張状態になってしまいます。先読みの例を以下に示します。
- 相手はどう思っているだろう
- これを言ったら嫌われないだろうか
- 表情が曇った気がする…怒ってる?
そして、こうした先読みは、常に脳をフル稼働させるため、疲労が蓄積します。また、これは「過剰な共感性(ハイパーエンパシー)」とも呼ばれ、優しさの裏返しでもあります。
なお、過剰な共感性は、エンパスやHSPにみられる特性です。また、他者の感情や状態を自分のことのように深く感じ取ります。そして、まるで体験しているかのように共鳴してしまう気質を指します。共感疲労や生きづらさの原因となることがあります。
自分より相手を優先してしまう
気を遣いすぎる人は、無意識に“自分の感情を後回し”にします。つまり、「迷惑をかけたくない」という思いが強く、自分の疲れや不満を後回しにします。そして、自己犠牲的な行動が習慣化することがあります。次に、自分より相手を優先してしまう例を示します。
- 本当は休みたいのに断れない
- 無理してでも相手に合わせる
- 自分の意見より相手の意見を優先する
このような行動は、「迷惑をかけたくない」という思いが強いために起こります。しかし、自分を犠牲にし続けると、心が疲れてしまいます。
相手の反応に敏感すぎる
相手のちょっとした反応に過剰に反応してしまうことも、疲れの原因になります。例えば、表情・声のトーン・間などを読みすぎる、“地雷を踏まないように”と神経を使う、小さな変化にも過剰に反応してしまうなどがあります。これらの例を以下に示します。
- 声のトーンが低い → 何か気に障った?
- 返信が遅い → 嫌われた?
- 表情が硬い → 自分のせい?
そして、こうした“反応の読みすぎ”は、常に不安を抱えた状態になります。その結果、精神的な消耗につながります。
境界線(バウンダリー)が曖昧
気を遣いすぎる人は、自分と相手の境界線が曖昧になりがちです。また、どこまでが自分の責任で、どこからが相手の領域かが曖昧さ、相手の問題まで背負ってしまうなどが要因となります。そして、結果として疲れが蓄積してしまいます。この例を以下に示します。
- 相手の問題まで背負ってしまう
- 相手の感情を自分の責任だと思う
- 相手の期待に応えようとしすぎる
本来、相手の感情は相手の領域です。しかし、それを自分の責任だと感じてしまうと、心が疲れ果ててしまいます。
自己肯定感の低さ
自己肯定感が低いと、「役に立つことでしか自分の価値を感じられない」という状態になりやすくなります。そして、「自分は価値がある」と思えなくなり、役に立つことで存在価値を得ようとして気遣いが過剰になったりします。この例を以下に示します。
- 頼まれごとを断れない
- 役に立たないと不安になる
- 気遣いがアイデンティティ化する
以上のような自己肯定感の低さにより、気遣いが“過剰”になり、疲れが積み重なっていきます。
気遣い疲れを軽くするヒント
- “自分の領域”を意識する:
相手の感情は相手のものです。そして、自分が背負う必要はないと捉えます。 - 小さなNOを練習する:
いきなり大きな拒否は難しいので、「今日は難しいかも」などの軽いNOから始めます。 - 自分の感情を後回しにしない:
疲れたら休むようにします。そして、嫌だと思ったら、その感情を認めるようにします。 - 気遣いは“選択”であって“義務”ではない:
気遣いは素晴らしい能力ですが、常に発動する必要はないと考えるようにします。
まとめ
ここまでこのブログでは、気を遣いすぎる人が疲れてしまう心理、気遣い疲れを軽くするヒントについて説明しました。まず、気を遣いすぎる人が疲れてしまう心理について、優しさなのに、なぜ疲れるのか、相手の感情を先読みしすぎる、自分より相手を優先してしまう、相手の反応に敏感すぎる、境界線が曖昧、自己肯定感の低さを説明しました。最後に、気遣い疲れを軽くするヒントとして、“自分の領域”を意識する、小さなNOを練習する、自分の感情を後回しにしない、気遣いは“選択”であって“義務”ではないを説明しました。
気を遣い方は、人によってまちまちのような気がします。また、日本人の「おもてなし文化」や「忖度」などには気遣いがベースにあるような気がしました。そして、日本人に気を遣いすぎる人が多いのではという推測もしてしまいました。また、気を遣いすぎて疲れてしまうのは、その人が優しいからということが言えます。
しかし、その優しさが“過剰”になると、自分をすり減らしてしまうことになります。そして、相手の感情を読みすぎる、自分を後回しにする、境界線が曖昧になる、自己肯定感が揺らぐなどはすべてについて心が自分を守ろうとして働いている結果でもありますが、自分をすり減らす要因でもあります。また、気遣いは素敵な力でもあります。そのため、その力を“自分を大切にしながら使う”、”自滅しないように使う”ことが、もっと大切なような気がしました。


コメント