なぜ自分自身の欠点や問題には気づきにくいのに、他人の欠点や仕事のミスは明確に見える。そして、アドバイスしてくれた人が、同じ状況で失敗しているのを見て、複雑な気持ちになる。紺のようなことがいろいろな場面であるような気がします。そして、この現象には「第三者効果」や「認知的透明性の錯覚」といった心理学的な要因があります。
ここでは、他人のことがよく見える「第三者効果」や「認知的透明性の錯覚」がどのようなものか、そして、どう影響するのかについて調べたので、以下に説明します。
行動者と観察者の視点の違い(第三者効果:Actor-Observer Bias)
「他人のことはよく見える」現象の根幹にある心理学の概念を解説します。
主体者(Actor)の視点:自分自身が見えない理由
- 原因の所在: 自分自身の行動の理由を考えるとき、意識は外部環境に向かいがちです。なお、外部環境とは、状況要因のことです。
- 例: 仕事で失敗したのは、自分の能力不足ではなく、納期が短すぎたからだ。
- 待ち合わせに遅れたのは、電車が遅延したからだ。
- 利点: この視点により、自分の自尊心を守り、精神的な安定を保つことができます。
観察者(Observer)の視点:他人がよく見える理由
- 原因の所在: 他人の行動の理由を考えるとき、意識は内的な特性に向かいがちです。なお、内的な特性とは、性格要因のことです。
- 例: 彼が失敗したのは、準備不足で計画性がないからだ。
- 彼女が遅刻したのは、だらしない性格だからだ。
- 利点: 他人を単純化して理解することで、予測しやすくなります。そして、世界を秩序立てて見ることができます。
- 用語: この傾向は、特に心理学で「基本的な帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)」と呼ばれています。
客観視の錯覚と情報のギャップ
視点の違い以外にも、他人のことがよく見える要因があります。
視覚的な焦点(情報のギャップ)
- 自分: 自分自身の行動中は、自分の意識や外部の状況に焦点を当てています。そのため、客観的な行動そのものを見ることができません。
- 他人: 他人の行動を観察するとき、視覚的な焦点はその人自身(行動)に集まります。そのため、その人が置かれている複雑な背景や内面的な葛藤が見えにくくなります。
認知的透明性(Illusion of transparency)の錯覚
- 錯覚: 自分は「自分の考えや意図が他人にも明確に伝わっているはずだ」と思い込んでしまう錯覚です。
- 弊害: この錯覚により、行動の背景にある見えない意図を他人が理解できていないことに気づきません。そのため自分の行動を誤解する相手が悪いという認識に陥りやすくなります。
- なお、認知的透明性の錯覚は、透明性幻想とも言われています。
対策(自分を「第三者視点」で見る方法)
他者への洞察力を、自分自身の成長に活かすための具体的な方法を提案します。
- 「もし友人だったら?」と問いかけます:
自分が失敗した時、次のように問いかけます。もし、全く同じ失敗をしたのが自分の親しい友人だったら、自分は何とアドバイスするか? - 状況要因を書き出す練習:
自分の行動の理由を説明する時、性格でなく外部の状況に意識を向けがちです。これと同様に、自分の失敗の内的な要因(性格やスキル不足)を意識的に書き出す練習をします。 - 内省の習慣化: ジャーナリング(日記)などを通じて、内面的な要因に光を当てます。つまり、その日の自分の行動を「第三者」になったつもりで日記などに記述します。
まとめ
ここまで他人のことがよく見える「第三者効果」や「認知的透明性の錯覚」がどのようなものか、どう影響するのかについて説明しました。まず、第三者効果について、行動者と観察者の視点の違いから、自分自身が見えない理由、他人がよく見える理由について説明しました。次に、客観視の錯覚と情報のギャップについて、視覚的な焦点、認知的透明性の錯覚について説明しました。そして、対策の自分を「第三者視点」で見る方法について説明しました。
そう言えば、物まね芸人の方がうまく対象の人の特徴をよく捉えているように感じていました。そして、それには第三者効果に加え、視覚的視点が外向きが関係しているような気がしました。
また、自分自身でも他人のことが良くわかるのに自分のことがわからないという自覚がありました。この要因があるということを知りました。そして、他人のことはよく見えるのは、人間の脳が持つ情報処理の癖でもあるので自分だけでなくみんなそうなんだということのようです。他の人のことは確認できないので推定になりますが程度の差はあるものの他人のことはよく見えることになります。そして、自尊心を守り精神的な安定を保つための防衛本能ということでした。つまり、この心理から、他人を批判するのではなく、自分自身を客観的に理解するための材料になるような気がしました。


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