テストの時のカチカチ音は、静かな教室の中に鳴り響きイライラした覚えがあります。また、誰かが隣でクチャクチャ食べている音もイライラします。加えて、電車で聞こえるリズムのない咀嚼音もイライラすることがあります。そして、「やめてほしい…」を通り越して、咀嚼音などに“殺意が湧くほどイライラする”そんな瞬間、ないでしょうか?。自分でも「こんなに怒るなんておかしいのかな」と思ってしまうほどのイライラです。しかし、これは自分が変なのではなく、脳が“危険信号”としてその音を処理してしまう自然な反応らしいです。そこでなぜこのようにイライラしてしまうのかについて調べました。
このブログでは、なぜ他人の咀嚼音やペンのカチカチ音に殺意を覚えるような感覚になるのかについて、このような心理になる要因、そして、この時の脳内での動きについて調べましたので以下に説明します。
『咀嚼音』に殺意を覚える要因
脳が「特定の音だけ過剰に拾ってしまう」から
咀嚼音やカチカチ音が耐えられない人は、脳の 感覚フィルターが敏感な傾向があります。つまり、本来、脳は不要な音を自動的に“雑音”として処理します。しかし、このフィルターが弱いと、咀嚼音、ペンのクリック音、キーボードの強い打鍵などが 必要以上に大きく・鮮明に 聞こえてしまいます。つまり、「気になりすぎる」のではなく「脳が勝手に拾ってしまう」ということになります。
ミソフォニア(音嫌悪症)の特徴が重なる
近年注目されているのが ミソフォニア(音嫌悪症)です。それは、特定の音に対して、怒り、嫌悪、逃避衝動、攻撃衝動が強く出る状態です。つまり、ミソフォニアの人は、脳の 扁桃体(恐怖・怒りの中枢) が音に対して過剰反応します。そして、「危険だ」「不快だ」と判断してしまいます。その結果、“殺意に近い怒り”が一瞬で湧くという反応が起きます。つまり、これは性格の問題ではなく、脳の反応パターンということになります。
なお、ミソフォニア(音嫌悪症)は、咀嚼音、呼吸音、タイピング音など、日常的な特定の音に対して、激しい怒り、不快感、不安、またはパニックといった強い否定的感情が引き起こされる症状です。
“予測できない音”は脳にとってストレス
また、咀嚼音やカチカチ音は、リズムが不規則、予測できない、意図が読めない特徴があります。また、脳は「予測できない刺激」を強いストレスとして処理します。そのため、小さな音でも大きな不快感につながります。赤ちゃんの泣き声、黒板を引っかく音、風船が割れそうな音が苦手なのと同じ仕組みです。
“自分ではコントロールできない音”が怒りを増幅させる
心理学的には、「自分で止められない音」 は怒りを増幅させます。例えば、隣の席の咀嚼音、電車の中の鼻すすり、会議中のペンのカチカチなどです。そして、これらは自分では止められないため、脳は「逃げられないストレス」として処理し、怒りが一気に強くなります。
過去の経験や性格特性も影響する
音への過敏さは、HSP気質、過去のストレス経験、不安傾向、完璧主義などとも関連します。特に、HSPの人は、脳の感覚処理が深いです。そのため、他人の咀嚼音が“侵入してくる刺激”として感じられやすい。
なお、HSPとは、感受性が非常に強く、周囲の刺激に敏感な生まれつきの気質を持つ人を指す心理学的な概念です。また、病気ではなく、5人に1人(約15~20%)が持つ「繊細さ」という個性です。そして、音・光・匂い、他人の感情などに敏感です。そのため、深く情報を処理するため疲れやすい特徴があります。また、HSPは、Highly Sensitive Personの略になります
まとめ
ここまでこのブログでは、なぜ咀嚼音などに殺意を覚えるような感覚になるのかについて説明しました。そして、『咀嚼音』に殺意を覚える要因について、脳が「特定の音だけ過剰に拾ってしまう」から、ミソフォニア(音嫌悪症)の特徴が重なる、“予測できない音”は脳にとってストレス、“自分ではコントロールできない音”が怒りを増幅させる、過去の経験や性格特性も影響するをせつめいしました。
そして、カチカチ音などへの強い怒りは、性格が悪い、心が狭いからでもありませんでした。つまり、以下の項目が重なると、誰でも“殺意に近い怒り”を感じることがあります。むしろ、それは脳が繊細で、刺激に正直に反応している証拠ということになります。
- 脳の感覚フィルターが敏感
- 扁桃体が音に過剰反応
- 予測できない音がストレス
- 自分で止められない音が怒りを増幅
- HSP気質や過去の経験が影響
私は、ペンやキーボードのカチカチ音に対してイライラすることが多いです。そのため、自分の性格によるものと思っていました。しかし、脳の正直な反応ということでどこか安心する一面がありました。そして、ある疑問が浮かびました。最近、YouTubeなどで咀嚼音の再生回数が多いということです。そして、ASMRという名前までついて呼ばれています。私は見たいという思いはありませんが、好んで見ている人がいるという部分では気になります。今後、このテーマをブログに書こうと考えています。

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