「乗り物酔いするのではないか」という不安でバスに乗ると、実際に酔ってしまった。また、「トイレットペーパーが品切れになる」という誤った情報が広まった。そして、人々は不安に駆られて買い占めに走り、実際に品切れになる。また、根拠のない銀行の倒産の噂が広まった。そして、人々は預金を引き出そうと行動しました。その結果、本当に銀行が倒産してしまった。このようなことを聞いたことがあります。
このような、根拠のない思い込みや予測であっても、人々がそれを信じて行動します。そして、結果としてその思い込みが現実になる現象を自己成就予言(Self-Fulfilling Prophecy)と言います。ここでは、自己成就予言とはどういうものか、具体例、脳との関係などについて説明します。
自己成就予言とは
概念
もともと根拠のない予言や思い込みであっても、人々がそれを信じて行動する。そして、最終的にその予言が現実のものとなる現象を自己成就予言と言います。
この概念は、アメリカの社会学者ロバート・K・マートンが1948年に提唱したものです。彼は、W・I・トマスが説いた「もし人がその状況を真実と決めれば、その状況は結果において真実である」という定理を基に、この理論を確立しました。
自己成就予言のプロセス
自己成就予言は、以下のステップで進行します。なお、このプロセスは、個人レベルから社会全体にまで及びます。
- 予言や思い込みの発生: 何らかの根拠のない予言や期待が生まれます。
- 例:「この銀行はもうすぐ潰れるだろう」
- 予言を信じて行動する: その予言を信じた人々が、その内容に合わせて行動を変えます。
- 例: 噂を信じた預金者が、一斉に銀行から預金を引き出します。
- 予言が現実になる: 人々の行動の結果、予言された通りの現実が作り出されます。
- 例: 多くの人が預金を引き出した結果、本当に銀行は資金不足に陥り、経営破綻します。
具体的な事例
銀行の取り付け騒ぎ
根拠のない「銀行が危ない」という噂が広まります。そして、預金者が一斉に預金を引き出そうと銀行に殺到(取り付け騒ぎ)します。結果として、健全だったはずの銀行も資金繰りが悪化し、本当に倒産してしまいます。
教育現場におけるピグマリオン効果
ピグマリオン効果も、自己成就予言の一種です。なお、他者から「あなたならできる」という期待を寄せられます。そして、実際にパフォーマンスや能力が向上する心理的効果をピグマリオン効果といいます。
- 教師が「この生徒は優秀だ」と期待をかけます(予言)。
- その期待が、教師の態度や行動(より丁寧に教える、多くの機会を与える)を変えます。
- 生徒もその期待を感じ取り、自信を持って努力します。
- 結果的に、生徒の成績や能力が向上し、期待通りの結果となります。
株式市場
ある銘柄について、有名な投資家が「この株は今後大きく値上がりする」と発言します。そして、多くの投資家がそれを信じて買いに走ります。その結果、需要が高まり、実際に株価が上昇することがあります。
人間関係
「どうせ自分は嫌われている」と思い込んでいる人は、相手に対して無意識に冷たい態度をとったり、話しかけなかったりします。その結果、相手もその態度に反応して、本当に距離を置くようになり、「嫌われている」という予言が現実になります。
脳との関係
自己成就予言は、心理学的なプロセスです。しかし、脳内で以下のような神経学的メカニズムによって支えられていると考えられています。
期待とドーパミンの放出
- 脳は、何らかのポジティブな結果を期待します。そして、するとドーパミンという神経伝達物質を放出します。ドーパミンは、モチベーションや集中力を高める役割を担っています。そして、これにより期待した行動を実際に起こしやすくします。
- たとえば、「試験に合格できる」と信じます。すると、脳はドーパミンを放出され、より積極的に勉強に取り組むようになります。そして、結果として合格する可能性が高まります。これは、自己成就予言の好循環を生み出します。
前頭前野と行動の計画
- 前頭前野は、意思決定や行動の計画を司る部位です。ポジティブな自己成就予言を持つと、前頭前野が活性化します。そして、「どうすれば目標を達成できるか」という具体的な行動計画を立てやすくなります。
- 逆に、「どうせ自分には無理だ」というネガティブな予言をします。すると、前頭前野の活動を抑制され、行動を起こすこと自体を妨げてしまいます。
注意の選択
- 私たちの脳は、膨大な情報の中から、自分の信念や期待に合致する情報だけを無意識に選択して処理する傾向があります。これを選択的注意と呼びます。
- 「自分は運が良い」と信じている人は、良い出来事に気づきやすくなります。そして、「やっぱり自分は運が良い」と信念を強化します。一方で、「自分は運が悪い」と思い込んでいる人は、悪い出来事ばかりに目が行き、その信念をさらに強めてしまいます。
まとめ
ここまで自己成就予言とはどういうものか、具体例、脳との関係などについて説明しました。そして、自己成就予言は、「思い込み」が「行動」を変え、その行動が「現実」を作り出すというメカニズムでした。また、脳の神経可塑性(経験に応じて脳の構造や機能が変化する性質)と深く関連していました。そして、ポジティブな思い込みは、脳の回路を再配線し、行動を促すことで、その予言を現実のものにしていきます。つまり、思い込みを変えることは、脳を変え、ひいては現実を変えることにつながると言えます。
この現象を理解することで、私たちは日々の生活の中で、自身の思い込みがどのように現実を形作っているかを意識し、より良い方向へ導くことができるようになると考えられます。
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