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自分の“運のよさ・悪さ”を過大評価してしまう理由

心理
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 「自分って、どうしてこんなに運が悪いんだろう……」と思うことはよくあります。そして、宝くじに当たった人のニュースを見てうらやましくなることがあります。逆に、「自分は運だけでここまで来た」と謙遜しているような人もいます。しかし、私たちが感じる「運のよさ・悪さ」の正体は、純粋な確率論ではないようです。つまり、脳が作り出した「思い込みのフィルター」のようです。なぜ、私たちの脳はこれほどまでに「」という不確かなものを過大評価してしまうのかという疑問が浮かびます。今回は、認知心理学の視点から「」の正体を暴き、運に振り回されることから卒業するための考え方について調べました。

 このブログでは、なぜ私たちは「運」のせいにしたくなるのか?「運のよさ・悪さ」を過大評価してしまう3つの真実運を「コントロール可能なスキル」に変える考え方について以下に説明します。

なぜ私たちは「運」のせいにしたくなるのか?

 まず、私たちは無意識のうちに、自分の身に起きた出来事の帳尻を合わせようとします。

心の防衛本能(自己奉仕バイアス)

 例えば、仕事で大失敗したとき「自分の能力が低い」と認め続けるのは精神的に耐えられません。そこで、脳は「今回はたまたま運が悪かった」と外部のせいにします。そして、こうすることで、自己肯定感を守ろうとします。つまり、 成功を自分の実力、失敗を運のせいにすると心が安定します。これは、自己奉仕バイアスと言われるものです。ない、以前のブログ「成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい? 自己奉仕バイアス」に関係したことを記載しています。関心がある場合は参照してください。

「意味」のない世界への恐怖

 人間はランダムな事象の中にも「意味」や「関連性」を見出さないと不安になる生き物です。しかし、人生には、理不尽でランダムな出来事が溢れています。そして、脳は「意味のない偶然」を嫌うため運というものにします。

「運のよさ・悪さ」を過大評価してしまう3つの真実

 脳が「運」という情報を処理するとき、特有の「バグ(偏り)」が発生します。その理由について以下に説明します。

確証バイアス:脳が見たいものだけを見る

 「自分は雨男だ」と思い込むと、脳は晴れた日の記憶をスルーしてしまいます。そして、雨に降られた記憶だけを強烈に保存します。また、この「やっぱり自分は運が悪い!」という証拠集めを繰り返します。そして、この繰り返しにより、思い込みがどんどん強化されていきます。つまり、自分は運が悪いと思い込むと、脳が悪い出来事の証拠ばかりを集めて強化してしまいます。なお、確証バイアスについては、「「確証バイアス 」― 自分の考えに都合のいい情報ばかり集める心理」に記載しているので興味のある方は参照してください。

生存者バイアス:目立つ「成功例」しか見えない

 メディアには「運良く大逆転した人」の話が溢れています。しかし、その影には同じことをして失敗した何万もの「声なき敗者」がいます。そして、脳は「見えないデータ」を計算できないため、成功率を過大評価してしまいます。その結果、「自分も運さえ良ければあんな風になれる」と錯覚してしまいます。 つまり、運良く成功した人の話ばかりが目に入るため、「運」の力を実力以上に大きく見積もってしまいます。

感情による記憶のブースト

 自動販売機で当たりが出た(幸運)があります。これに対し、急いでいる時に限って赤信号に捕まる(不運)があります。また、この場合、不運ほうが、不快な感情とセットになるため記憶に深く刻まれます。そして、この記憶の強度の差が、「自分は不運なことばかり起きる」という過大評価を生みます。また、悪いことが続いたから、次は良いことがあるはずという根拠のない期待を持ったりします。

運を「コントロール可能なスキル」に変える考え方

 「運」を天に任せるのではなく、自分の手元に手繰り寄せるためのハックについて説明します。

「試行回数」をデータで見る

 「運が良い」と言われる人は、単に「バッターボックスに立っている回数」が圧倒的に多いだけであることが科学的に示唆されています。つまり、運が悪いのではなく、単に打席に立っている回数が少ないだけではないかということです。例えば、10回やって1回当たるのと、100回やって10回当たるのは確率は同じ10%です。しかし、後者のほうが「運が良さそう」に見えます。そして、嘆く前に、まずは行動の絶対量を客観的に振り返ってみることが必要です。

不運を「ネタ」という資産に変える(リフレーミング)

 不運な出来事が起きたとき、それを「ただの損」で終わらせないコツになります。つまり、悪い出来事をブログのネタになる経験値が増えたと再定義(リフレーミング)します。

 つまり、これはブログのネタになる、飲み会での鉄板トークになるというポジティブ変換する癖をつけます。また、不運を価値に変えられるようになると、脳はそれを「損」と認識しなくなります。そして、メンタルが安定して次のチャンスに気づきやすくなります。

運を拾う「アンテナ」を磨く

 心理学者リチャード・ワイズマンの研究では、運が良い人の共通点を見出しました。そして、それは「周りに対して好奇心を持ち、リラックスしている」というものでした。また、運が良いと言われる人は、新しい刺激に対するオープンさが高いだけとも言われています。

 つまり、視野が狭い(焦っている)と、足元に落ちている幸運の種に気づけません。そして、運の良さとは、脳の「検索範囲」を広げておくというスキルと言うことにもなります。

内容の整理とまとめ

内容の整理

 ここまでこのブログでは、なぜ私たちは「運」のせいにしたくなるのか?、「運のよさ・悪さ」を過大評価してしまう3つの真実運を「コントロール可能なスキル」に変える考え方について説明しました。まず、なぜ私たちは「運」のせいにしたくなるのか?について、心の防衛本能「意味」のない世界への恐怖を説明しました。次に、「運のよさ・悪さ」を過大評価してしまう3つの真実について、確証バイアス生存者バイアス感情による記憶のブーストを説明しました。そして、最後に、運を「コントロール可能なスキル」に変える考え方について、「試行回数」をデータで見る不運を「ネタ」という資産に変える運を拾う「アンテナ」を磨くを説明しました。

 ここまで調べてみて「はじめに」の部分で書いた「私たちが感じる「運のよさ・悪さ」の正体は、純粋な確率論ではない」ということが理解できました。

 まず、「運が良い」というものについての捉え方が大きく影響していました。そして、同じ出来事でも前向きにブログの材料になると捉えるか、単に運が悪かったと捉えるかの違いです。つまり、前者はこの出来事を運が悪いとは捉えず、後者は、運が悪いと捉えます。それにより、前者は運が悪いことが激減することになります。

まとめ

 つまり、「自分は運が悪い」という思い込みは、脳が作った物語に過ぎないことになります。そして、運の正体が「脳の解釈」や「行動の確率」ということになります。また、私たちは運命に翻弄される客体ではなく、自分の人生を動かす主体ということになります。そして、今日から、小さなラッキーを「運が良い証拠」として意識的に集めるようにします。すると、その瞬間から、自分の「運」は確実に上向き始めると考えられます。

 

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