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階段の最後の一段がないのに、あると思って踏み外す瞬間の脳内:予測符号化モデル

心理
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 階段を降りていて、最後の一段を踏むつもりで足を出したのにそこに段がなかった。また、階段を上っていて、最後の一段を踏もうとして足を出したのにそこに段がなかった。私は、上りも下りも最後の一段の経験がなかったという経験があります。そして、最後の段がなく身体がガクッと落ち、地面を強く踏んでしまいました。その時の心臓がヒュッと縮むような、あの独特の感覚がのこっています。そして、一瞬だけ世界がズレたように感じて、思わず周りを見回してしまいました。そして、それなりの割合の方が経験しているこの“踏み外しの瞬間”には、実は脳の高度な予測機能が関係しているようです。

 このブログでは、最後の一段を踏み外す要因とその際の脳の動きについて調べましたので以下に説明します。

踏み外しが起きやすい状況

階段の段数を“脳が勝手に決めている”とき

 階段を降りるとき、私たちは毎回段数を数えていません。また、脳(特に小脳)は、経験からこの階段はだいたいこのくらいの段数と自動的に予測します。そのため、段数を数えていない、いつも使っている階段、何度も往復して慣れている階段という条件ができます。そして、こうした場面では、脳が“段があるはず”と強く思い込みます。その結果、踏み外しが起きやすくなります。

注意が別のことに向いているとき

 階段を降りながら、次のような状態だと踏み外しが増えます。例えば、考えごとをする、スマホを見る、会話に集中している、疲れていて注意が散漫などです。そして、脳は階段を“自動運転”で処理しようとします。そのため、現実の段差とのズレに気づくのが遅れます。

階段の段差が途中で変わるとき

 また、階段の途中で段差の高さが微妙に変わると、予測誤差が大きくなります。例えば、最後の一段だけ低い、最後の一段だけ高い、古い建物で段差が均一でないなどです。そして、こうした階段は、脳の予測が外れやすく、踏み外しが起きやすい構造です。

暗い場所や視界が悪いとき

 視覚情報が少ないと、脳は“過去の記憶”に頼って動きます。例えば、夜の階段、薄暗い場所、荷物で足元が見えない、雨の日で視界が悪いなどです。そして、視覚が弱いほど、脳の予測に頼る割合が増え、ズレが起きやすくなります。

疲労やストレスで脳の処理が雑になっているとき

 疲れていると、前頭前野(注意・判断)が弱まり、小脳の“自動運転”に任せる割合が増えます。例えば、仕事帰り、運動後、睡眠不足、ストレスが強い日などです。そして、こうした状態では、段差の確認が甘くなり、踏み外しが起きやすくなります。

階段の終わりが“曖昧”なデザイン

 意外と多いのが、階段のデザインによる影響です。例えば、最後の一段が床と同じ色、段差の境界が見えにくい、カーペットで段差がぼやけている、直前の段と高さがほぼ同じで見分けにくいなどです。そして、視覚的な境界が曖昧だと、脳は「まだ段が続く」と誤認しやすくなります。

心理学的に見ると起きやすい状況

  • 習慣化された行動(スキーマ)が強いとき
     階段の昇降は完全に自動化された行動です。そして、スキーマが強いほど、脳は“次も同じ”と予測しやすくなります。
  • 安心しきっているとき
     緊張しているときより、むしろ“油断しているとき”のほうが踏み外しやすいです。
  • 目的地に意識が向いているとき
     階段を降りることより、その先の行動に意識が向いているときも起きやすいです。例えば、家に帰った瞬間、職場に着いた瞬間などです。

脳の予測が外れた瞬間に起きること

小脳が「次の段がある」と自動予測している

 階段を降りるとき、私たちは毎回段差を確認していません。つまり、小脳が過去のパターンから“次も同じ高さの段がある”と予測しています。そして、筋肉に指示を出しているためです。例えば、足を下ろす角度、着地のタイミング、体重移動の量などです。そして、これらはすべて自動化されており、意識していません。

予測と現実がズレると「予測誤差」が発生する

 最後の一段がないと、脳の予測(段がある)と現実(段がない)が衝突します。また、このズレを「予測誤差(prediction error)」と呼びます。そして、誤差が大きいほど身体は強く反応します。例えば、足が空を切る、体幹が一瞬ふらつく、全身がガクッと落ちるなどです。そして、これは、脳が“落下した”と誤認した結果です。

扁桃体が危険を察知し、心臓がドキッとする

 段差を踏み外す瞬間、脳は「落下=危険」と判断します。まず、扁桃体が反応し、交感神経が一瞬だけ活性化します。例えば、心拍が跳ね上がる、呼吸が浅くなる、全身がこわばるなどです。そして、これは、危険を避けるための即時反応です。

前頭前野が状況を理解し、すぐに落ち着く

 「段がなかっただけだ」と理解すると、前頭前野が扁桃体の反応を抑えます。そして、身体はすぐに平常モードに戻ります。その結果、安堵、恥ずかしさ、ちょっとした笑いといった二次的な感情が生まれます。

「踏み外し」による影響

自動化された行動が裏切られたときの“スキーマ破綻”

 階段の昇降は、ほぼ完全に自動化された行動です。また、心理学ではこれをスキーマ(行動の型)と呼びます。そして、スキーマが裏切られると、脳は一瞬だけ“世界がズレた”ように感じます。

身体錯覚としての「落下感」

 段差がないのに段差があると思って踏み出すと、脳は“落ちた”と誤認します。そして、身体が浮くような感覚が生まれます。

驚愕反応(startle response)が起きる

 予測が外れると、脳は驚愕反応を起こします。これは、危険に備えるための原始的な反応で、踏み外しの瞬間の「ヒュッ」とする感覚の正体です。

内容の整理とまとめ

内容の整理

 ここまでこのブログでは、最後の一段を踏み外す要因とその際の脳の動きについて説明しました。まず、要因について、階段の段数を“脳が勝手に決めている”とき注意が別のことに向いているとき階段の段差が途中で変わるとき暗い場所や視界が悪いとき疲労やストレスで脳の処理が雑になっているとき階段の終わりが“曖昧”なデザイン心理学的に見ると起きやすい状況を説明しました。

 次に、脳の働きについて、小脳が「次の段がある」と自動予測している予測と現実がズレると「予測誤差」が発生する扁桃体が危険を察知し、心臓がドキッとする前頭前野が状況を理解し、すぐに落ち着くを説明しました。最後に、踏み外しによる影響として、自動化された行動が裏切られたときの“スキーマ破綻”身体錯覚としての「落下感」驚愕反応(startle response)が起きるを説明しました。

 階段を踏み外すのは不快な体験です。しかし、脳の高度な能力が働いている証拠でもあります。例えば、行動を自動化して省エネ化する次の動きを予測してスムーズに動く危険を察知して瞬時に反応する状況を理解してすぐに落ち着くです。そして、この一連の処理が、わずか0.数秒の間に起きています。つまり、「踏み外し」は、脳が常に私たちを守り、効率化しようとしている証拠なのです。

まとめ

 私の経験では、記述した要因の中の注意が別のことに向いているとき疲労やストレスで脳の処理が雑になっているときが大きいような感じがしました。この2つの条件、もしくは両方が重なった時には、階段をまともに見ていないような気がします。そして、それが使い慣れた階段ならなおさらと思います。しかし、初めて使う階段でもこのようなことが起こる場合は、視覚情報がしっかり得られていない条件で起こるような気がしました。状況により要因が異なるような気がしました。

 

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