嫌いな(苦手な)相手ほど気になるということがありました。そして、それは注意することでその人からの攻撃から逃れるための本能かなとも思っていました。また、別の方向で「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。そして、ここでの他人は、「嫌いな人」が暗に該当しているような気がします。これは、相手の失敗や不幸を期待して見に行ってしまうということも含まれているような気がします。そして、人間が生き残るために備わった『生存本能』が関係しているような気がしたので調べることにしました。似たような意味合いの以前のブログ「禁止されると、なぜか余計に気になってしまう:心理的リアクタンス」がありました。そして、今回のブログと心理的リアクタンスとの関係についても調べてみました。
このブログでは、嫌いな相手ほど気になってしまうメカニズム、そうならないための対策、心理的リアクタンスとの関係について調べましたので以下に説明します。
嫌いな相手ほど気になるメカニズム
要因について
なぜ嫌いなはずの相手が「脳内の特等席」を占拠してしまうのか。その心理的メカニズムを紐解きます。
負のサンクコスト(執着)
あんなに嫌な思いをさせられたという負の記憶が強いほど、脳は重要なデータと見なします。そして、支払った精神的エネルギー(怒りや不快感)を回収しようとします。そして、そのために無意識に相手の動向を追い、さらに執着を深める悪循環に陥ります。
投影(プロジェクション)
実は、相手の嫌いな部分は「自分自身が抑圧している欠点」であることが多いです。そして、私は我慢しているのに、あの人は図々しいという怒りがおきます。また、自分の中にある「本当は自由に振る舞いたい」という願望の裏返しである場合があります。そして、鏡を見ているような感覚で目が離せなくなります。
脳の生存本能(敵への警戒)
原始の時代、敵や危険な存在を無視することは死を意味しました。また、脳は「自分を不快にする存在=危険」と認識します。そして、生存のために「相手が今どこで何をしているか」を常に監視し続けるようにされています。
「生存本能」によるネガティブ・バイアス
原始時代、私たちの祖先にとって「嫌な奴」や「自分を攻撃してくる存在」を無視することは死に直結しました。
- 解説: 脳は「快」よりも「不快」を優先的にキャッチするように進化しています。そして、嫌いな相手の動向を追うのには意味があります。つまり、脳が相手が次に何を仕掛けてくるか監視し、生存のための警報のようなものです。
「未完了の感情」によるループ(ツァイガルニク効果)
人間は「達成したこと」より「中途半端に終わっていること」を強く覚えています。
- 解説: 相手への怒りや不満が解消されず、反論もできずにモヤモヤしている状態があります。また、脳にとって「未完了のタスク」ということになります。そして、脳はこの未解決事件を解決しようとして、何度もその相手の情報を脳内に呼び戻し、記憶をリフレッシュさせてしまいます。
「シャドウ(影)」の投影
「シャドウの投影」は、心理学者ユングが提唱した概念です。なお、シャドウの投影は、ユング心理学における概念です。自分が無意識に抑圧している「認めたくない自分の一部(シャドウ)」を、他人の欠点や特徴として見出します。そして、あたかも相手がそうであるかのように感じてしまう心の働きのことです。
- 解説: 自分自身がこうあってはいけないと抑圧している性質を相手が堂々と持っています。そのとき、私たちは猛烈な嫌悪感とともに目が離せなくなります。例えば、自分がルールを守るために必死に我慢している。しかし、ルールを無視して得をしている人を見たとします。すると、自分の抑圧された欲求が反応し、強い関心(=嫌悪)が生まれます。
そうならないための対策
嫌いな相手に費やす時間を減らし、心の平穏を取り戻すための戦略の以下に説明します。
「無関心」ではなく「遮断」を
嫌いにならないようにしよう、気にしないようにしようと思うほど、脳内で相手の名前がリピートされます。そして、脳は否定形を理解できないため、物理的にミュート・ブロックします。それゆえ、視界から徹底的に排除することが唯一の正解になります。
「脳のエネルギー量」を意識する
人間が1日に使える集中力(ウィルパワー)には限りがあります。そして、「あの人のために今日の貴重なエネルギーを使っていいのか?」と自分に問いかける習慣を作ります。
「自分の物語」の主役を取り戻す
嫌いな相手のことを考えている間、人生の主人公の座を相手に明け渡していることになります。そして、相手への怒りが湧いたら、今、私の人生の主役をあの人に奪われてる!と気づきます。そこで、自分が本当に好きなこと(コーヒーを飲む、本を読むなど)に無理やり意識を引き戻します。
「注意の矛先」を強制的にズラす
「気にしないようにしよう」とするほど気にするのが脳のクセです。
- アクション: 嫌いな人のことを考え始めたら、「今、脳が敵を監視してるな」と実況中継してみます。また、客観視(メタ認知)することで、脳の暴走にブレーキがかかります。そして、その後すぐに、計算問題やパズル、好きな歌を歌うなどをします。つまり、全く別の「脳のリソースを使う作業」を5分だけ行うようにします。
「情報の遮断」を徹底する(デジタルデトックス)
SNSをわざわざ見に行ってしまうのは、脳が「ドーパミン」を求めているからです。また、嫌なものを見て脳が興奮するのも一種の刺激になります。
- アクション: 相手のSNSをミュート・ブロック、スマホ機能などでそのアプリ自体を制限します。また、「見たい」という衝動は数分しか続きません。そのため、その数分を物理的に物理的にアクセス不能にすることが最も効果的です。
「自分への問いかけ」を変える
「なぜあの人はあんなことをするのか?」という問いは、相手を主役にしてしまいます。
- アクション: 問いを自分に戻します。「あの人のどこが、私のどのルールに触れてイライラするのか?」。
- 理由:私は『謙虚であるべき』というルールを大切にしています。そのため、あの人の自信満々な態度が鼻につくんだなと客観的になります。そして、自分の価値観を再確認する材料にします。つまり、相手を嫌な奴から「自分の価値観を教えてくれるサンプル」に格下げするイメージです。
「心の境界線」を引く
「相手の課題」と「自分の課題」を切り離して心の境界線を引きます。
- アクション: 相手が失礼な態度を取るのは「相手の問題」です。そして、自分が不快になる必要はない、と自分に言い聞かせます。また、あの人はああいう生き方しかできない可哀想な人だと考えます。そして、高い場所から見下ろすような視点を持ち、対等な土俵から降りることができます。
心理的リアクタンスとの関係
「忘れようとする禁止」が逆効果になる
心理的リアクタンスは、「自分の選択の自由が脅かされたとき、それを取り戻そうと反発する心理」のことです。
- 自分への禁止: 嫌いな相手のことを「もう考えちゃダメだ」「忘れなきゃ」と自分に禁じます。すると、脳はその「禁止」を「自由への侵害」と受け取ります。
- 反発: そして、リアクタンスが働き、嫌いな相手への関心が逆に高まってしまいます。そのため、「考えるな」と言われるほど、その対象が脳内での重要度を増します。その結果、意識を占拠してしまいます。
- 皮肉な結果: これを心理学では「皮肉なリバウンド効果(シロクマ効果)」とも呼びます。そして、リアクタンスはこの「反発心」のエンジンとなります。
「関わってはいけない」という社会的・理性的制限
「あの人とは関わらない方がいい」「嫌いなんだから無視すべきだ」という理屈や周囲の助言も、リアクタンスを引き起こすことがあります。
- 自由の回復: 「無視しなさい」と制限されます。すると、無意識に「自分の意志で相手を見るかどうかを決めたい」自由を証明したくなります。その結果、わざわざ相手のSNSを見に行ったり、動向を探ったりします。そして、こうすることで「自分の意志で情報に触れている」という感覚を取り戻そうとしています。
まとめ
このブログでは、このブログでは、嫌いな相手ほど気になってしまうメカニズム、そうならないための対策、心理的リアクタンスとの関係について説明しました。まず、嫌いな相手ほど気になってしまうメカニズムについて、要因、「生存本能」によるネガティブ・バイアス、「未完了の感情」によるループ、「シャドウ」の投影を説明しました。次に、そうならないための対策について、「注意の矛先」を強制的にズラす、「情報の遮断」を徹底する、「自分への問いかけ」を変える、「心の境界線」を引くを説明しました。最後に、心理的リアクタンスとの関係について、「忘れようとする禁止」が逆効果になる、「関わってはいけない」という社会的・理性的制限を説明しました。
しかし、嫌いな人にあなたの貴重な24時間のうちの1分すら与えるのはもったいないと思います。そして、嫌いな人が気になってしまうのは、それだけ『一生懸命に生きている』証拠になります。つまり、自分の安全を守ろう、正しくあろうとする本能が強いだけと思います。そして、嫌いなままでいいから、自分の人生から追い出した方がよさそうです。また、冷静に考えると嫌いや苦手な相手に時間を割くのはもったいないのは間違いないことだと思います。そして、そのような状況に陥った時に、ここに記載した方法を心理的リアクタンスを配慮しながら試してみる手はあるような気がします。それは、やりようによっては、完全な対策にはならなくても多少でも良くなるような気がします。


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