初めて飛行機に乗ったこと、初めての海外旅行などの経験の記憶が強く残っている気がします。まず、最初の経験が記憶に強く残る理由は、脳が新しい情報を処理する際に、強い注意と感情的な反応が伴うと言われています。そして、この現象は、ジャネーの法則と関連していると言われています。特に、子どもの頃に多くの「初めて」を経験すると言われています。これが、時間を長く感じてしまう要因であると言われています。
また、以前のブログで時間感覚に関係するブログ楽しい時はなぜあっという間なの?で書いています。よかったら参照してください。このブログでは、初めての経験が強く記憶の残る要因、脳の記憶の仕組み、ジャネーの法則などを総合的に調べ直しました。その調べ直した結果を以下に説明します。
「初めて」の記憶
脳は新しい情報を優先する
人間の脳は、生存のために重要な情報を優先して処理するようにできています。初めての経験は、脳にとって「予測できない新しい情報」です。そして、危険を回避したり、新しい知識を獲得したりするために重要だと判断されます。このため、脳は新しい情報を処理に神経回路を活発に働かせ、より多くのエネルギーを注ぎ込みます。この時、脳の海馬が重要な役割を果たします。海馬は、新しい出来事や情報を短期記憶から長期記憶へと移行させる機能を持ちます。そして、「記憶の司令塔」と言われています。初めての経験は、海馬を強く刺激するため、鮮明な記憶として残りやすくなります。
新しい情報を処理するメカニズム
- 注意の集中: 脳は、未知の情報に対して特に注意を向けます。新しい経験は、予測を立てることが難しい状況になります。そのため、通常よりも多くのリソースを使って情報を処理しようとします。この集中が、記憶を強化します。
- 感情の関与: 初めての経験は、驚きや興奮、不安といった強い感情を引き起こしやすいです。脳の扁桃体と呼ばれる部位は、感情の処理に関わっています。そして、強い感情を伴う出来事は、記憶を司る海馬との連携を強めます。この連携によって、記憶がより鮮明に、かつ長期間保持されるようになります。
ジャネーの法則と時間の感覚
ジャネーの法則は、「新しい経験の多さが時間の長さの感覚を決定する」に基づいています。初めての経験が強く記憶に残るのは、それが最も「新しい」出来事であることです。そして、脳が最大限の注意と感情を注いで処理するからです。ジャネーの法則では以下のことが言われています。
- 子どもの頃: 新しいことを学ぶ毎日です。初めて自転車に乗る。また、初めて友達ができ、友達と喧嘩します。そして、初めての旅行をするなどがあります。これらのすべての経験が新鮮で、脳は新しい情報を次々と処理しなければなりません。この情報の多さと新鮮さが、時間の経過を遅く感じさせます。そして、1年間が非常に長く感じられるのはこのためです。
- 大人の頃: 日々の生活はルーティン化し、新しい経験が減ります。通勤経路、仕事内容、食事の内容など、多くのことが予測可能になります。脳は情報を効率的に、かつ自動的に処理するようになります。新しい情報が少ないため、脳は時間を短く感じます。そして、1年があっという間に過ぎてしまうように感じます。
人間の時間知覚
人間は、時計のような外部の機器に頼ることなく、時間の経過を感覚的に把握する「時間知覚」という重要な心理機能を持っています 。心理学では、この心理的時間の伸縮に影響を与える複数の要因が研究されています。(時間知覚:人間が時間の経過を感覚として把握する能力である。そして、この感覚は「体内時計」と呼ばれる体内時計の働きによってもたらされます。)
心理的時間の伸縮に影響を与える要因
- 神経生理学的な興奮の程度:体温が高い状態や興奮剤を服用している時、あるいは躁状態の双極性障害患者のように、神経系が興奮していると、一般に心理的時間は長く感じられる。これは、脳の活動が活発になることで、処理される情報量が増加します。そして、時間がゆっくりと流れているように知覚されます。
- 時間経過への意識の集中度:退屈な会議のように、時間の経過そのものに意識が集中します。すると、時間が非常に長く感じられます 。逆に、楽しい活動や、熱中して取り組む作業のように、注意が時間の経過から逸れます。すると、あっという間に時間が過ぎたように感じられます 。
- 経過時間中の刺激の認知:時間内に生起する出来事の数が多ければ多いほど心理的時間を長く感じられます。また、刺激がより強く、より複雑、より大きく認知されても心理的時間は長く感じられます 。例えば、視覚的なドット刺激で、その数が多く、速く動くほど、知覚時間は長くなる。この傾向は、特に子どもにおいて強く認められます。
これらの要因、特に「経過時間中の刺激の認知」は、ジャネーの法則を単なる相対的な比率の問題ではありません。そして、脳の情報処理の観点から捉え直すための鍵となります。ただし、「経過時間中の刺激の認知」の発生頻度が低いと影響は少なくなると考えられます。
脳での初めての経験の処理
脳の「海馬」と記憶の形成
初めての経験が強く記憶に残るのは、脳の海馬の働きが大きく関係しています。海馬は、新しい情報を長期記憶として保存する役割を担っています。そして、初めての経験は、脳には予測不能な新しい情報で、生存に重要だと判断されます。このため、海馬は活発に働き、その情報を詳細に記録しようとします。
ドーパミンの役割と報酬予測誤差
新しい経験をすると、脳の中脳からドーパミンが分泌されます。ドーパミンは、快感や意欲に関わる神経伝達物質です。そして、加えて「報酬予測誤差」を学習する役割も担っています。ドーパミンは、誤差を減らすために、新しい経験を強く印象づけるよう脳に働きかけます。これにより、次に同様な状況に遭遇時に、より正確な予測ができるように学習しているのです。
- 報酬予測誤差とは、予想していた結果と実際の結果のずれのことです。
- 初めての経験では、結果が予測できないため、この報酬予測誤差が大きくなります。
例えば、初めて訪れた場所で素晴らしい景色を見た時、ドーパミンが大量に分泌されます。そして、その場所の記憶が強く脳に刻まれます。これは、「この場所に来たら良いことがあった」という報酬予測が成功した経験として、脳に学習されるからです。つまり、初めての経験は、海馬が活発に記憶を形成し、同時にドーパミンが報酬予測誤差を学習します。これにより、強く印象に残りやすいものになります。
脳における「新規性」の優先処理
新しい情報や経験は、生物にとって潜在的な危険や報酬のシグナルです。そして、生存に不可欠な手掛かりとなるため、脳はこれを優先的に処理するよう進化してきた 。この新規性というシグナルは、学習や記憶の定着を促進する強力な要因となります。そして、新しい刺激に遭遇すると、脳の記憶形成を司る海馬が強く活性化します。そして、慣れ親しんだ刺激よりもはるかに強い神経反応を引き起こします。
この過程には、ドーパミンとノルアドレナリンという重要な神経伝達物質が関与しています。新規な刺激は、脳内の報酬系を担うドーパミン神経系を活性化させます。そして、集中力や注意力を向上させ、学習意欲を高める「新規性ボーナス」として機能します 。これにより、新規な経験は、その後の学習を加速させることが示唆されている 。また、ノルアドレナリンは、扁桃体や海馬において、他の神経伝達物質と相互作用します。そして、長期記憶の形成を促進することが報告されています。
感情と記憶の相互作用:扁桃体の役割
初体験の記憶が強いのは、それがしばしば強い感情を伴うことと密接に関係しています。そして、特に嬉しかったり、怖かったりした体験を非常によく覚えています。この「感情によって記憶が増強される仕組み」には、記憶形成に関わる海馬と、感情を司る扁桃体の相互作用が深く関係していると考えられています。
外界からの刺激が感情的な高ぶりを引き起こすと、扁桃体はその情報を処理します。そして、「この記憶は重要である」という強化の指示を海馬に送る「司令塔」役割を担います。この相互作用の結果、海馬は記憶をより強固に固定するプロセスを開始します。例えば、トラに遭遇したという危険な状況での感情の高ぶり生じたとします。これは、扁桃体を介して海馬の記憶強化プロセスを活性化させます。これに対して、鉛筆を見たという感情の起伏が少ない状況では、そのような記憶強化は起こりません。この感情と記憶の連動は、初体験がしばしば強い感情を伴い、その記憶が鮮明になる直接的な神経基盤を説明しています。
時間感覚と記憶の質を良くするために
この統合的な理解から、私たちは時間感覚と記憶の質を豊かにするための実践的な戦略を導き出すことができる。
- 意図的な新規性の導入: 日常生活に意識的に新しい活動を取り入れることで、脳の情報処理密度を高めることができる。例えば、新しい道を歩く、普段読まないジャンルの本を読む、行ったことのない場所を訪れるといった小さな行動が、時間感覚を豊かにし、記憶力も向上させる可能性がある 。
- 「覚醒時休息」の戦略的活用: 効率的な学習と記憶の定着のためには、新しいことを学んだり、重要な出来事を経験した後は、すぐに次の活動に移るのではなく、意識的に休憩を取ることが重要である 。これにより、脳は外部からの干渉を受けることなく、新しい情報を整理・固定する時間を確保できる。
まとめ
ここまで初めての経験が強く記憶の残る要因、脳の記憶の仕組み、ジャネーの法則について説明しました。 脳には、新しい情報を優先し処理するメカニズムがあり、そこには、海馬、ドーパミン、扁桃体などが大きく関与していました。
そして、ジャネーの法則と初体験の記憶は、人間が感じる時間と記憶の体験が、いかに脳の情報処理の動的な状態に依存しているかが示されました。また、初めての情報を優先して処理をします。逆に、脳の処理の効率化で既知の体験の場合、既知の記憶を用いて処理を省略します。そのため、初めての経験に集中し、感情という付加情報を記憶するために強く記憶に残ると考えられます。また、大人になって意図的な新しい経験をすること、そして、定着させるためにその後の意識的な休息が重要となると考えられます。


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