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久しぶりの小学校が驚くほど狭い。記憶と現実がズレる

心理
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 「むかしあんなに広かった場所が、どうしてこんなに小さく見えるんだろう。」 そして、このようなことはよくあり、よく聞きます。例えば、数十年ぶりに母校の小学校を訪れたとしてます。まず、校門をくぐり、真っ先に目に飛び込んできた校庭があります。そこは、運動会で泥だらけになって走った、あの果てしない「大平原」はありませんでした。そして、目の前にあるのは、数歩で横切れてしまいそうな、こじんまりとした砂の広場でした。

 また、「自分が大きくなったから」と言ってしまえばそれまでです。しかし、どうやらそれだけではない不思議な感覚があります。かつては、巨大に感じたジャングルジムや遠すぎたサッカーゴールがあります。しかし、なぜ大人になると、思い出の中の景色はこれほどまでに縮んでしまうかという疑問が浮かびます。ここでは、目線と記憶が仕掛ける「校庭が狭くなる魔法」の正体について調べました。

 このブログでは、物理的な視点の変化身体能力と「スケール感」のズレ脳の記憶の仕組み環境の変化について調べましたので以下に説明しました。

物理的な視点の変化

 人間は、地面に近いほど「奥行き」を強く感じます。そして、視点が高くなるほど「平面」として捉える性質があります。つまり、子供と大人の目線の高さの違いにより、目の高さの効果と遠近感に違いが生じます。

消失点(パース)の魔法

 まず、子供の身長(約120cm前後)と大人の視点(160cm〜170cm)と想定します。そして、子供にはフェンスや木々は、空に向かって高く、遠くそびえ立つように見えます。しかし、大人では、地面を見下ろす角度が深くなり、空間を「面」として把握できてしまいます。それゆえ、マジックの種明かしを見たような感覚で狭く感じてしまいます。

「移動コスト」の感覚

 子供にとって、校庭の端から端まで走るのは息が切れるほどの大移動です。そして、脳はこの「移動にかかった労力」を「距離の長さ」として記憶します。しかし、大人の筋力と歩幅では、その移動コストが劇的に下がります。そして、脳が「なんだ、こんなものか」と距離を再評価してしまいます。

  • 注:消失点
     遠近法において、平行な線が遠くで一点に集まって交わる仮想の点のことです。まず、ここで消失点の最も分かりやすい例を示します。例えば、電車に乗って線路を見ることを想定します。すると、平行な2本のレールが遠くの地平線上で1点に集まって見えます。このような現象があります。

身体能力と「スケール感」のズレ

 自分の体そのものが「定規(ものさし)」になっているという考え方があります。

空間の制約

 昔は、野球をすればボールはどこまでも飛んでいく気がしました。しかし、大人の今、全力でボールを投げれば簡単に校門を越えてしまうことが分かります。そして、「本気を出したらはみ出してしまう場所」は、心理的に狭いと感じられます。

遊具との距離感

 例えば、かつて見上げた「雲梯」や「バスケットゴール」があります。しかし、当時はジャンプして届かなかったものが、今は手を伸ばすだけで触れそうになります。そして、自分の手の届く範囲が伸びたことで、世界が一回り小さくなったと錯覚するのです。

脳の記憶の仕組み(心理的要因)

 記憶の中の校庭は、単なる場所ではなく「感情」で引き伸ばされています。

エピソードの密度

 運動会での緊張感、友達と喧嘩した隅っこ、秘密基地にしていた茂みがあります。また、ひとつの場所に強い感情が張り付きます。すると、脳はその場所を「重要な巨大なデータ」として保存します。しかし、再訪した際、視覚情報(実際の広さ)が、その巨大な記憶データに追いつきません。そして、そのため、「記憶より小さい」という違和感が生じます。

世界の境界線

 子供にとって、小学校の塀の外は「未知の世界」でした。そして、校庭の中こそが「自分たちの世界のすべて」でした。そして、世界がそこしかなかった頃の広さと、街全体や世界中を知った今の広さを比較します。すると、相対的に校庭が箱庭のように見えてしまうのは自然なことのようです。

環境の変化(客観的な事実)

 実は、思い出のせいだけではなく、実際に物理的な変化が起きているケースも多いです。

安全基準の変化

 昔の遊具は「危険」と判断され、撤去されたり、より安全でコンパクトなものに置き換わったりしています。また、避難場所としての機能を高めるために防災倉庫が設置されたり、バリアフリー化のスロープができたりします。そして、このように、校庭の「余白(何もない空間)」は年々削られる傾向にあります。

周囲のスカイライン

 昔は校庭から遠くの山やビルが見えていました。しかし、今は高いフェンスや隣接する建物に囲まれている場合があります。そして、視線が遠くに抜けなくなると、閉塞感が生まれ、空間全体が狭くなったように感じます。

まとめ

 ここまでこのブログでは、物理的な視点の変化、身体能力と「スケール感」のズレ、脳の記憶の仕組み、環境の変化を説明しました。まず、物理的な視点の変化について、消失点の魔法「移動コスト」の感覚について説明しました。次に、身体能力と「スケール感」のズレについて、空間の制約遊具との距離感を説明しました。続いて、脳の記憶の仕組みについて、エピソードの密度世界の境界線を説明しました。最後に、環境の変化について、安全基準の変化周囲のスカイラインを説明しました。

 ここまでに説明した多くの要因を挙げたような形になります。そして、これらの影響の強さ個人個人で異なるような気がします。例えば、小学校の頃の身長と現在の身長の差(目線)などがあります。そして、私は、目線の高さの変化という物理的側面と身体能力とスケール感の物理的心理的側面の影響が大きいような気がします。つまり、目線が高くなることにより上から見下ろすことになり消失点などの変化もあります。また、小学生の頃は校庭の端まで歩いて時間がかかり遠く感じ大人になっては歩いてすぐにつくという近い感覚です。このような身体能力とスケール感も関係しているように思えます。これらの事から、物理的情報の差と心理的感覚の両方が合わさっているような気がしました。

 

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