テレビでやっているクイズ番組があります。そして、高い回答率を誇っている人がいてすごいと感じてしまいます。また、学校のテストなどでもほとんど言っていいほど1つの正解があります。そして、マークシートのテストでは、選択肢の中に必ず正解があります。また、ランチのお店選び、失敗しない旅行、コスパ最強の家電など正解を求めるものが多くあります、そして、スマホで『正解』を検索し続けたりしています。加えて、「間違えたくない」という思いが強すぎて、動けなくなってしまうこともあるようです。また、 選択肢が多すぎて、逆に「唯一の最適解」がないと不安になってしまうこともあります。このように特に日本人はより正解を求めているように見えます。
その背景に、必ず1つの正解がある世界で育った「思考のクセ」の影響も否定できません。また、失敗を「学び」ではなく「損失」と捉えてしまう損失回避性ということも影響しているかもしれません。そして、特に日本では「世間体」や「常識」という見えない正解の枠組みが強くあります。そこから外れることへの恐怖心が他国よりも強い傾向にあるようです。
このブログでは、なぜ日本人が正解を求めすぎてしまうのかについて調べました。そして、正解主義の影響、正解を「探す」から「作る」へのシフトについて以下に説明しています。
正解主義の影響
なぜ「正解」に縛られるのか?
- 【教育】学校教育の影響: ○か×かで判定される世界に長くいました。そして、そのために脳が「答えはどこかにあるもの」と思い込んでいます。
- 【教育】減点方式の文化:日本の教育は「加点」よりも「ミスをしないこと」を評価する傾向があります。つまり、100点からどこを間違えたかを探す「減点法」の環境で育っていることになります。そして、脳は「正解以外はすべて失敗」と誤認するようになります。
- 【文化】同調圧力と「世間」:「出る杭は打たれる」という言葉があります。このように、周囲と同じ正解を選んでいれば安全、という集団心理(同調圧力)が働いています。
- 【脳科学】不確実性の回避:人間には未知のものを避けたい本能があります。そして、特に日本人は「不確実性回避」の指標が高いという研究データもあります。曖昧な状態に耐えるのが苦手な傾向があります。
正解主義がもたらす「人生の閉塞感」
- 「正解」は常に過去のもの: 誰かが提示する正解は、過去の成功例に過ぎません。変化の激しい現代では、昨日の正解が今日の不正解になることもあります。
- 自分の感性の麻痺: 「自分がどうしたいか」よりも「どちらが正しいか」を優先し続けます。すると、自分の好き嫌いや直感が分からなくなってしまいます。
落とし穴
- 行動力の低下: 100点の答えまで準備を続け、チャンスを逃してしまうことがあります。
- 他人の人生を生きる: 「世間的な正解」を優先しすぎてしまいます。そして、その結果、自分の価値観が置き去りになってしまうことがあります。
正解を「探す」から「作る」へのシフト
第1段階
- 「真面目さ」を肯定する:正解を求めるのは、自分が真面目で、物事を良くしようと責任感を持っている証拠と考えます。そして、否定から入ると防御本能が働いてしまうのでまじめさを肯定します。
- 「平均値」の呪いを解く:「普通はこう」「平均的にはこれ」という言葉に気を付けます。そして、このような言葉がいかに個人の可能性を狭めているかについて認識します。
第2段階
- 「納得解」という考え方: 客観的な正解(100点)を目指すことをやめます。そして、自分が「これなら納得できる」という自分軸の答えを目指すようにします。
- ネガティブ・ケイパビリティの養成: どうすればいいか分からないという中途半端な状態をそのまま持ちこたえる力をつけます。そして、答えを急がない勇気を持つようにします。
- トライ&エラーを「データ収集」と呼ぶ: 失敗を「間違い」と呼ぶのをやめます。そして、「この方法はうまくいかないというデータが取れた」と捉え直します。
- 納得解(なっとくかい)の提案: 誰かが決めた正解に注視しないようにします。そして、「自分がこれでいいと思える答え」に重心を移すようにします。
- 「仮説」として動く: 「これが正解だ!」と決めることをやめます。そして、とりあえずこれで試してみよう(ダメなら変えればいい)という軽やかさを持ちます。
- 人生に最初から用意された正解はないと考えます。
- 自分の選択を、後から正解にしていくと考えるようにします。
まとめ
ここまでこのブログでは、なぜ日本人が正解を求めすぎてしまうのかについて、正解主義の影響、正解を「探す」から「作る」へのシフトについて説明しました。まず、正解主義の影響について、なぜ「正解」に縛られるのか?、 正解主義がもたらす「人生の閉塞感」、落とし穴を説明しました。次に、正解を「探す」から「作る」へのシフトについては、第1段階、第2段階と言うように段階に分けて説明しました。しかし、現在の正解が未来の正解であるとは言い切れません。例えば、健康に関する知識では、過去の正解が現在では間違いになっていることがあります。つまり、世の中ではその都度アップデートされています。
正解を求めてしまうという心理は、多くは学校で作られてきているように思えました。そして、必ず1つの正解があるという教育により無意識でも正解を求めるようになってしまっています。また、1つの正解しかないもの以外のものとして小論文などがありますが、それらは学校では特別なものとして捉えられているような気がします。しかし、社会に出ると1つの正解という課題はほとんどないような気がします。そして、自分の正解を出すためには、学生時代には適切な指導者が必要な気がします。
まず、私たちが求めている「正しい答え」は、実はどこにも存在しないような気がします。また、選んだ道を、後から正解にしていく道筋を認識する必要があるような気がします。そして、そのプロセスを経てが自分のオリジナリティになるような気がします。


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