自分の意見と同じ投稿ばかりに『いいね』、気づけば周りは似たような意見の人ばかりになっている。そして、そんな心地よい環境が、あなたの考えを『過激』に加速させているかもしれません。また、インターネットは本来、多様な意見に触れ、視野を広げるためのツールだったはずです。しかし、現実には、特定の意見が雪だるま式に膨れ上がる『サイバーカスケード』によって、分断や炎上が加速しています。そして、集団の中で意見が極端に偏っていく『集団極性化』もあります。また、これは誰にでも起こりうる心理現象です。なぜ、ネットに繋がるほどに多様な視点を失い、白黒はっきりつけたくなってしまうのかという疑問が浮かびます。そして、ここでは、そのメカニズムについて調べました。
このブログでは、ネットの議論が過激化しやすいのかについて、なぜネットなのか、ネットで議論が過激化するメカニズム、どう向き合うかについて調べましたので以下に説明します。
なぜネットでこれが起きやすいのか?
- エコーチェンバー現象: SNSのアルゴリズムが「自分と似た意見」ばかりを表示させます。そのため、自分の考えが「世界の正解」だと錯覚しやすくなります。
- 匿名性と非対面性: 相手の表情が見えません。そのため、相手を「血の通った人間」ではなく「攻撃対象の記号」として捉えてしまいます。そして、その結果、言葉のブレーキが効かなくなります。
- 承認欲求の加速: 過激な発言ほど「いいね」やリツイートが集まりやすい傾向があります。そして、これにより集団の中でより目立とうとして発言がエスカレートしていきます。
ネットで議論が過激化するメカニズム
集団極性化:なぜ「中道」が消えるのか
同じ意見を持つ人たちが集まると、個人よりも集団としての結論が極端な方向に振れる現象です。そして、これを集団極性化(グループ・ポラライゼーション)と呼びます。
- 社会的比較: 人は集団の中で「より優れた、または熱心なメンバー」と思われたい心理があります。すると、「反対」という意見に対し「断固反対」、「少し嫌い」に対し「徹底的に排除すべき」のようになります。つまり、周囲よりも少し強い言葉を使うようになり、全体が雪だるま式に過激化します。
- 責任の分散: 一人で発言する時は慎重になります。しかし、大勢で同じことを言っていると「みんな言っているから」と罪悪感が薄れます。そして、その結果、攻撃性が解放されてしまいます。
- 例: 『少し悪いよね』と思っていた人たちが集まって話をします。すると、最後には『絶対に許せない悪だ!』と極端な結論に至ってしまう現象です。
サイバーカスケード:情報の濁流
カスケード(cascade)とは「小さな滝が連なっている様子」を指します。
- 情報の優先順位: ネット上では、「正しさ」よりも「勢い(インプレッションや拡散数)」が可視化されます。そして、一度ある方向へ議論が流れ始めると、反論は押し流されます。また、中立だった人たちも「これだけ多くの人が言っているなら正しいに違いない」と、その流れに飲み込まれていきます。
- サイバーカスケード(情報の滝):同じ意見を持つ人たちがネット上で繋がります。そして、特定の方向に情報が一気に流れ落ちる現象です。
- 例: 最初は小さな雪玉だった意見があります。しかし、坂道を転がり落ちるうちに、誰も止められない巨大な雪崩に成長してしまう様子です。
エコーチェンバーとフィルターバブル
- エコーチェンバー(共鳴室): 閉ざされた部屋で声が響き渡るようになります。つまり、自分と同じ意見だけが何度もループして聞こえてくるような状態です。
- フィルターバブル: AIが「あなたが気に入りそうな情報」を優先して表示します。そして、自分の考えと異なる視点が視界から消え、知らず知らずのうちに「透明な泡」に閉じ込められてしまいます。
どう向き合うか
「反対意見」ではなく「別の視点」を探す
反対意見を無理に好きになる必要はありません。しかし、エコーチェンバーを壊すには、意図的に「違う色」の情報に触れる必要があります。
- アクション: 自分が支持する意見とは真逆の立場の人が、どのような「論理」で話しているか(感情ではなく理屈の部分)を一度だけ静かに読んでみます。
「怒り」はSNSのガソリンだと理解する
SNSのアルゴリズムは、人々が長く滞在し、反応を示すコンテンツを優遇します。そして、人間が最も反応しやすい感情は「怒り」です。
- アクション: タイムラインを見て怒りが湧いてきます。すると、「自分は今、アプリのアルゴリズムに踊らされているのかもしれない」と一歩引いてみます。そして、メタ認知(客観視)してみます。
「返信」の前に「一晩」置く
ネットの議論が過激化するのは、やり取りのスピードが速すぎることも一因です。
- アクション: 強い言葉で反論したくなった時こそ、下書きに保存してスマホを置きます。そして、翌朝読み返すと、「あんなにムキにならなくてもよかったな」と思えることが大半です。
デジタル・デタッチャメント(心理的切り離し)
「ネット上の議論=世界のすべて」ではないことを再認識します。
- アクション: スマホを置きます。そして、窓の外の景色を見る、近所を散歩する、家族と話すなどの行動をします。そして、物理的な空間(オフライン)に意識を戻すことで、縮んでいた視野が回復します。また、過激な議論が「小さな箱の中の出来事」に見えてきます。
まとめ
ここまでこのブログでは、ネットの議論が過激化しやすいのかについて、なぜネットなのか、ネットで議論が過激化するメカニズム、どう向き合うかについて説明しました。まず、なぜネットなのかについて説明しました。次に、ネットで議論が過激化するメカニズムについて、集団極性化、サイバーカスケード、エコーチェンバーとフィルターバブルを説明しました。最後に、どう向き合うかについて、「反対意見」ではなく「別の視点」を探す、「怒り」はSNSのガソリンだと理解する、「返信」の前に「一晩」置く、デジタル・デタッチャメントを説明しました。
ネットでの「正義感」は時に刃物になっているような気がします。また、そのような状況を見聞きしています。そして、その刃を振る前に、この「仕組み」を思い出して一呼吸置けるようする必要がある気がします。その中に、ネットのアルゴリズムの影響もあることを思い出します。加えて、他の人の意見を目を向けることが有効な気がします。そうすれば、ネットの世界はもう少し優しい場所になるような気がしました。また、やりすぎると法律を犯し捕まることになると想定することも必要な気がしました。


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