進化論の父ダーウィンは「適者生存」を唱えました。また、適者生存は、生存競争で環境に最も適応したものが生き残り、子孫を残すという概念です。そして、これは「最も強い者が生き残る」のではありません。つまり、「変化に柔軟に対応できる者が生き残る」という意味合いが本質です。 また、自然界には一見、この法則に逆らうような行動が存在します。例えば、ハチの働きバチは自分の子孫を残さず、女王のために一生を捧げます。なぜ、自分自身を犠牲にするような利他的な行動が、自然選択によって淘汰されずに残ったかが疑問になります。つまり、利他行動=自分の損をしてでも他人を助ける行動がダーウィンの適者生存に反します。
そして、この長年の謎を解き明かしたのが、ウィリアム・ハミルトンです。このハミルトンが提唱した「包括適応度 (Inclusive Fitness)」という画期的な概念です。そして、従来の適応度と親族を助け間接的に遺伝子を残す包括適応度について調べました。そして、利他行動が進化する条件を示すハミルトンの法則 (rB > C) がありました。
このブログでは、従来の適応度がどのようなものか、そして、包括適応度がどのようなものかについて、ハミルトンの法則との関係性を含めて以下に説明します。
進化論の基本と古典的な「適応度」(直接適応度)
適応度とは何か?
- 定義:ある個体が多くの子孫を残し、その子孫も繁殖できるかという成功度合いです。つまり、生物が環境に適応した度合いを示す指標で次世代に残せる子孫の数を意味します。また、繁殖成功度とも呼ばれ、個体がどれだけ多くの子孫を残せるかを表します。そして、この数値が高いほどその生物は環境により適応しているとされます。
- 焦点:自分の体(表現型)を通じて、自分の遺伝子のコピーを増やすことにあります。
適応度の基本的な考え方
- 繁殖成功度: 生物がどれだけ多くの子孫を次世代に残せるかを表す尺度です。
- 環境への適応: 環境に適応した形質(形態や機能)を持つことで、生存と繁殖の成功率が高まります。そして、その結果として適応度が高くなります。
- 遺伝子の量: 個体が持つ遺伝子を、子孫を通じて次世代にどれだけ多く伝えることができるかを示す指標ともいえます。
具体的な適応度
- 個体適応度: 1個体が生み出す子孫の数で、最も基本的な適応度です。
- 包括適応度: 社会性昆虫など、自分自身は繁殖せずとも血縁者を助けることをおこないます。この方法で自分の遺伝子を次世代に残す場合、その血縁者が残す子孫の数も考慮に入れます。そして、これには、自分が生んだ子孫の数に、血縁者を助けることで増えた間接的な適応度を加えたものが含まれます。
古典的適応度の「謎」と限界
利他行動について
- 特徴:人間は血縁関係のない他者にも利他的行動を示す点が、動物と比べて特異的です。
- 進化的背景:
- 血縁選択説:近縁個体を助けることで、自分の遺伝子を間接的に残します。
- 互恵的利他主義:長期的に「助け合い」が繰り返されることで、最終的に自分も利益を得ます。
- 心理学的要因:共感性、社会的模範、自己実現の欲求などが利他行動を促します。
- 幸福感との関係:利他行動をすると「ヘルパーズ・ハイ」と呼ばれる満足感や幸福感が得られることが研究で示されています。
利他行動の例
- 例:ハチの針(自分は死ぬ)
- ミツバチは針を使うと自分が死んでしまいます。
- それでも巣を守るために刺すのは、自分の遺伝子を共有する仲間(姉妹や女王の子孫)を守ることが、自分の遺伝子を残すことにつながるからです。
- これは 血縁選択(kin selection) の典型例です。まず、自分の直接的な繁殖成功はゼロです。しかし、血縁の生存率を高めることで「遺伝子の適応度」が上がります。
- 例:サルの毛づくろい(自分は危険を顧みず見張りをする)
- サルは仲間同士で毛づくろいをして絆を強めます。そして、群れの安全のために見張り役を買って出たりします。
- 見張りは捕食者に狙われやすい「危険な役割」です。しかし、群れ全体の安全を高めます。
- これは 互恵的利他主義(reciprocal altruism) の例になります。
→ 「今日は自分が危険を負うけど、明日は仲間が助けてくれる」 - また、毛づくろいは社会的絆を強め、将来の協力や支援を得やすします。そして、この行動は、「社会的通貨」として機能します。
- 疑問:古典的な適応度だけでは、自己の生存・繁殖に不利な行動は淘汰されるはずなのになぜ存在するのか?
包括適応度(Inclusive Fitness)
包括適応度の定義
- 包括適応度を構成する要素
- 直接的な適応度: 自分の直接的な子孫に残した遺伝子のコピー数です。そして、個体が自己の遺伝子を後世にどれだけ残せるかを示す進化生物学の概念です。これは、自分自身の繁殖成功(子孫の数)だけでなく、遺伝子を共有する近親者(兄弟姉妹、親など)の繁殖成功に貢献することで高められる、間接的な遺伝子の継承も含むため「包括的」と名付けられました。
- 間接的な適応度: 近親者の繁殖成功を助けて間接的に残した遺伝子のコピー数です。
- 包括適応度 = 直接適応度 + 間接適応度
- 焦点のシフト: 「個体」の生存・繁殖から、「遺伝子」の存続へと焦点が移ります。つまり、包括適応度では遺伝子中心の視点になります。
間接的な適応度
- 血縁選択説: W.D.ハミルトンが、社会性昆虫などの利他行動がどのように進化するのかを説明するために提唱しました。
- 利他行動の進化: 例えば、自分を犠牲にして兄弟姉妹を助ける行動があります。そして、その行動によって近親者の繁殖成功が大きく高まります。つまり、間接的な遺伝子の継承が直接的な繁殖成功を上回る場合、その利他的な遺伝子は進化しうることになります。
- 社会行動の理解: 包括適応度の概念は、個体の利己的な行動だけではありません。つまり、血縁者への利他行動といった様々な社会行動の進化を理解するための基本的な枠組みとなっています。
包括適応度を支える「ハミルトンの法則」
ハミルトンの法則は、「血縁選択説」の一部です。そして、血縁者への利他行動が進化する条件 (𝑟B > C)を示しています。
- ハミルトンの法則 (𝑟B > C) について
- 𝑟 (近縁度): 助ける相手と自分がどれだけ遺伝子を共有しているかの程度です。例えば、兄弟なら 0.5、いとこなら 0.125 などです。
- B (利益): 助けた相手が得る繁殖上の利益です。
- C (コスト): 助ける側が負担する繁殖上のコストです。
- 法則の意味: 近縁度が高く、相手が得る利益が大きければ、利他行動は進化によって有利になります。
包括適応度の具体例
- 兄弟を助ける場合、いとこを助ける場合
「兄弟を助ける」場合と「いとこを助ける」場合 の一般的な血縁度は以下の通りです。これらの血縁度を上記の公式に当てはめると、行動が進化する条件は以下のようになります。
兄弟(全兄弟姉妹): 𝑟=1/2 (0.5)
いとこ(父母の兄弟姉妹の子供): 𝑟=1/8 (0.125)- 兄弟を助ける場合
1/2×𝐵>𝐶
兄弟が得る利益 (B) が、行為者のコスト (C) の2倍よりも大きい場合に成立します。そして、式の成立時に、その利他行動は進化する可能性があります。例えば、自分自身を犠牲(C=1)にして兄弟を助ける場合、2人以上の兄弟(B=2以上)を救うことができれば、自己犠牲の性質は進化し得ます。 - いとこを助ける場合
1/8×𝐵>𝐶
いとこが得る利益 (B) が、行為者のコスト (C) の8倍よりも大きい場合に成立します。そして、式が成立時に、その利他行動は進化する可能性があります。例えば、同じく自分自身を犠牲(C=1)にする場合、8人以上のいとこ(B=8以上)を救う必要があります。
- 兄弟を助ける場合
まとめ
ここまで包括的適応度を説明するために、従来の適応度がどのようなものか、そして、包括適応度がどのようなものかについて説明しました。まず、進化論の基本と古典的な「適応度」について、適応度とは何か?と古典的適応度の「謎」と限界を利他行動を用いて説明しました。次に、包括適応度(Inclusive Fitness)について、包括適応度の定義、間接的な適応度、「ハミルトンの法則」、具体例から説明しました。
これらの進化の成功の定義が、ダーウィンが考えた「直接的な子孫」を残すことだけではない。このような結果を得るに至りました。つまり、古典的な適応度の自分の体を通じた繁殖成功があります。そして、新しく包括適応度の自分の子孫の成功+ 親族の成功を助ける間接的な成功があります。また、包括適応度=直接適応度+間接適応度という表現もできます。
この包括適応度という概念が、「自己の適応度を下げてまで他者(親族)を助ける」という、一見矛盾した利他行動のパラドックスを見事に解き明かす鍵となりました。そして、包括適応度は、「遺伝子の存続」であるということが重要な点です。そして、この理論から、親族間のサポートや家族愛といった普遍的な行動の背景にある根源的な進化のメカニズムを理解できます。


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